るの、大江さんのいゝ方でせう。ヒツヒツヒヽ」
 圭一郎は立つて行つた、それを女中の手から奪ふやうにして※[#「てへん+宛」、第3水準1−84−80]《も》ぎ取つた。痘瘡《もがさ》の跡のある横太りの女中は巫山戲《ふざけ》てなほからかはうとしたが、彼の不愛嬌な顰《しか》め面を見るときまりわるげに階下へ降りた。そして、も一人の女中と何か囁き合ひ哄然《どつ》と笑ふ聲が聞えて來た。
 圭一郎は胸の動悸を堪へ、故郷の妹からの便りの封筒の上書を、充血した眼でぢつと視つめた。
 圭一郎は遠いY縣の田舍に妻子を殘して千登世と駈落ちしてから四ヶ月の月日が經つた。最初の頃、妹は殆ど三日にあげず手紙を寄越し、その中には文字のあまり達者でない父の代筆も再三ならずあつた。彼はそれを見る度見る度に針を呑むやうな呵責《かしやく》の哀しみを繰返す許りであつた。身を切られるやうな思ひから、時には見ないで反古《ほご》にした。返事も滅多に出さなかつたので、近頃妹の音信《たより》もずゐぶん遠退いてゐた。圭一郎は今も衝動的に腫物《はれもの》に觸るやうな氣持に襲はれて開封《ひら》くことを躊躇《ちうちよ》したが、と言つて見ないではす
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