が跨がれる圭一郎でもあるまいし、同時に又千登世に對して犯した我子の罪を父は十分感じてゐることも否《いな》めなかつた。鼎《かなへ》の湯のやうに沸き立つ喧《やかま》しい近郷近在の評判や取々の沙汰に父は面目ながつて暫らくは一室に幽閉してゐたらしいが其間も屡便りを送つて來た。さま/″\の愚痴もならべられてあるにしても、何うか二人が仲よく暮らして呉れとかお互に身體さへ大切にして長生してゐれば何時か再會が叶ふだらうとか、其時はつもる話をしようとか書いてあつた。そして定《きま》つたやうに「何もインネンインガとあきらめ居候」として終りが結んであつた。時には思ひがけなく隣村の郵便局の消印で爲替が封入してあることも度々だつた。村の郵便局からでは顏|馴染《なじみ》の局員の手前を恥ぢて、杖に縋《すが》りながら二里の峻坂を攀《よ》ぢて汗を拭き/\峠を越えた父の姿が髣髴《はうふつ》して、圭一郎は極度の昂奮から自殺してしまひたいほど自ら責めた。
圭一郎は何處に向かはうと八方塞がりの氣持を感じた。心に在るものはたゞ身動きの出來ない呪縛《じゆばく》のみである。
圭一郎は社を早目に出て蠣殼町《かきがらちやう》の酒問
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