るやうな慘虐な、ずゐぶん兇暴なものであつた。もちろん圭一郎は千登世に對して無上の恩と大きな責任とを感じてゐた。飛んで灯に入る愚な夏の蟲にも似て、彼は父の財産も必要としないで石に齧《かじ》りついても千登世を養ふ決心だつた。が、自分ひとりは覺悟の前である生活の苦鬪の中に羸弱《ひよわ》い彼女までその渦の中に卷きこんで苦勞させることは堪へ難いことであつた。
圭一郎は、父にも、妹にも、誰に對しても告白のできぬ多くの懺悔を、痛みを忍んで我と我が心の底に迫つて行つた。
結局、故郷への手紙は思はせ振りな空疎な文字の羅列に過ぎなかつた。けれども一國《いつこく》な我儘者の圭一郎に傅《かしづ》いて嘸々《さぞ/\》氣苦勞の多いことであらうとの慰めの言葉を一言千登世宛に書き送つて貰ひたいといふことだけはいつものやうに冗《くど》く、二伸としてまで書き加へた。
圭一郎が父に要求する千登世への劬《いたは》りの手紙は彼が請ひ求めるまでもなくこれまで一度ならず二度も三度も父は寄越したのであつた。父は最初から二人を別れさせようとする意志は微塵も見せなかつた。別れさしたところで今さらをめ/\村に歸つて自家の閾《しきゐ》
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