臨時教員養成所にまで進學さしてくれたのだが、業|半《なかば》でその家が經濟的に全く崩壞してしまひ、軈《やが》て養父母も相次いで世を去つてしまつたので、彼女は獨立しなければならなかつた。
 さうして薄倖の千登世と圭一郎とが互ひに身の上を打明けた時、二人は一刻も猶豫して居られず忽ち東京に世を憚《はゞか》らねばならぬ仲となつた。
 千登世はさすがに養父母の恩惠を忘れ兼ねた。わけても彼女に優しかつた相場師の臨終を物語つてはさめ/″\と涙をこぼした。寒い霰《あられ》がばら/\と板戸や廂《ひさし》を叩き、半里許り距離の隔つてゐる海の潮鳴が遙かに物哀しげに音づれる其夜、千登世は死人の體に抱きついて一夜を泣き明したことを繰返しては、人間の浮生の相を哀しみ、生死のことわりを諦めかねた。彼女はY町の偏邊《かたほとり》の荒れるに委せた墳墓のことを圭一郎が厭がる程|屡《しば/\》口にした。まだ新しい石塔を建ててなかつたこと、二三本の卒塔婆《そとば》が亂暴に突きさゝれた形ばかりの土饅頭にさぞ雜草が生ひ茂つてゐるだらうことを氣にして、窃《そ》つと墓守に若干のお鳥目《てうもく》を送つてお墓の掃除を頼んだりした。
 
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