まうぜん》と銷沈のくるしさに移つて行つた。
 圭一郎は其後の三四年間を上京して傷いた心を宗教に持つて行かうとしたり慰めのための藝術に縋《すが》らうとしたり、咲子への執着、子供への煩惱《ぼんなう》を起して村へ歸つたり、又厭氣がさして上京したり、激しい精神の動搖から生活は果しもなく不聰明に頽廢《たいはい》的になる許りであつた。斯うした揚句圭一郎はY町の縣廳に縣史編纂員として勤めることになり、閑寂な郊外に間借して郷土史の研究に心を紛《まぎ》らしてゐたのだが、そして同じ家の離れを借りて或私立の女學校に勤めてゐた千登世と何時しか人目を忍んで言葉を交へるやうになつた。
 千登世の故郷は中國山脈の西端を背負つて北の海に瀕した雪の深いS縣のH町であつた。彼女は産みの兩親の顏も知らぬ薄命の孤兒であつて、伯父や伯母の家に轉々と引き取られて育てられたが、身内の人達は皆な揃ひも揃つて貪婪《どんらん》で邪慳《じやけん》であつた。十四歳の時伯父の知邊《しるべ》である或る相場師の養女になつてY町に來たのであつた。相場師夫婦は眞の親も及ばない程千登世を慈《いつくし》んで、彼女の望むまゝに土地の女學校を卒業さした上更に
前へ 次へ
全38ページ中22ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
嘉村 礒多 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング