だぞ!」
 圭一郎はきつと齒を喰ひしばり羅漢のやうな怒恚《いか》れる眼を見張つた。
「幾らでも見ててあげるわ」と言つて妻は眸子《ひとみ》を彼の眼に凝つと据ゑたが、直ぐへんに苦笑し、目叩《またゝき》し、
「そんなに疑ぐり深い人わたし嫌ひ……」
「駄目、駄目だ!」
 何んと言つても妻の暗い翳《かげ》を圭一郎は直感した。其後幾百回幾千回斯うした詰問を、敏雄が産まれてからも依然として繰返すことを止めはしなかつた。圭一郎はY町の妻の實家の近所の床屋にでも行つて髮を刈り乍ら他哩《たわい》のない他人の噂話の如く裝つてそれとなく事實を突き留めようかと何遍決心したかしれなかつた。が、卒《いざ》となると果し兼ねた。子供の時父の用箪笥《ようだんす》から六連發のピストルを持出し、妹を目蒐《めが》けて撃つぞと言つて筒口を向け引金に指をかけた時、はつと思つて彈倉を覗くと六個の彈丸が底氣味惡く光つてをるではないか! 彼はあつと叫んで危なく失神しようとした。丁度それに似た氣持だつた。若し引金を引いてゐたらどうであつたらう。この場合若し圭一郎が髮床屋にでも行つて「それだ」と怖い事實を知つた曉を想像すると身の毛は彌立《よ
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