で考へられた。そして眼隱された奔馬のやうな無智さで、前後も考へず有無なく結婚してしまつた。
 結婚生活の當初咲子は豫期通り圭一郎を嬰兒《えいじ》のやうに愛し劬《いたは》つてくれた。それなら彼は滿ち足りた幸福に陶醉しただらうか。すくなくとも形の上だけは琴《きん》と瑟《ひつ》と相和したが、けれども十九ではじめて知つた悦びに、この張り切つた音に、彼女の弦は妙にずつた音を出してぴつたり來ない。蕾を開いた許りの匂の高い薔薇の亢奮が感じられないのは年齡の差異とばかりも考へられない。一體どうしたことだらう? 彼は疑ぐり出した。疑ぐりの心が頭を擡《もた》げるともう自制出來る圭一郎ではなかつた。
「咲子、お前は處女だつたらうな?」
「何を出拔《だしぬ》けにそんなことを……失敬な」
 火のやうな激しい怒りを圭一郎は勿論|冀《こひねが》うたのだが、咲子は怒つたやうでもあるし、怒り方の足りない不安もあつた。彼の疑念は深まるばかりであつた。そして蛇のやうな執拗さで間がな隙がな追究しずにはゐられなかつた。
「ほんたうに處女だつた?」
「女が違ひますよ」
「縱令《よし》、それなら僕のこの眼を見ろ。胡魔化したつて駄目
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