してから千登世は古新聞を枕元に敷き、いそ/\とその上に貧しい晩餐を運んだ。二人は箸を執つた。
「氣になつて氣になつて仕樣がなかつたの。よつぽど電話でご容態を訊かうかと思つたんですけれど」
 千登世は口籠《くちごも》つた。
 さう言はれると圭一郎は棘《とげ》にでも掻き※[#「てへん+毟」、第4水準2−78−12]《むし》られるやうな氣持がした。彼は勤め先では獨身者らしく振る舞つてゐた。自分の行爲は何處に行かうと暗い陰影を曳いてゐたから、それで電話をかけるにしても階下の内儀《かみ》さんを裝つて欲しいと千登世に其意を仄めかした時の慘酷さ辛さが新に犇《ひし》と胸に痞《つか》へて、食物が咽喉を通らなかつた。
「今日ね、お隣りの奧さんがお縫物を持つて來て下すつたのよ」と千登世は言つて茶碗を置き片手で後の戸棚を開けて行李の上にうづだかく積んである大島や結城《ゆふき》の反物を見せた。「こんなにどつさりあつてよ。わたし今夜から徹夜の決心で縫はうと思ふの。みんな仕上げたら十四五圓頂けるでせう。お醫者さまのお禮ぐらゐおくにに頼まなくたつてわたし爲《し》て見せるわ」
「すまないね」圭一郎は病氣のせゐでひどく感
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