うに小腰を曲げ、龜の子のやうに首を縮こめて、石段の數でもかぞへるかのやうに一つ/\悄々《すご/\》と上つて行くのが涙で曇つた圭一郎の眼鏡に映つた。おそらくこれがこの世の見納めだらう? さう思ふと胸元が絞木にかけられたやうに苦しくなり、大粒の涙が留め度もなく雨のやうにポロ/\落ちた。
 其日の終列車で圭一郎は千登世を連れてY町を後にしたのである。

 千登世は停留所まで圭一郎を迎へに出て仄暗《ほのぐら》い街路樹の下にしよんぼりと佇んでゐた。そして圭一郎の姿を降車口に見付けるなり彼女はつかつかと歩み寄つて「お歸り遊ばせ。お具合はどんなでしたの?」と潤《うる》んだ眼で視入り、眉を高く上げて言つた。
「氣遣つた程でもなかつた」
「さう、そんぢや好うかつたわ」勿論|國鄙語《くになまり》が挾まれた。「わたしどんなに心配したかしれなかつたの」
 外出先から歸つて來た親を出迎へる邪氣《あどけ》ない子供のやうに千登世は幾らか嬌垂《あまえ》ながら圭一郎の手を引つ張るやうにして、そして二人は電車通りから程遠くない隱れ家《が》の二階に歸つた。行火《あんくわ》で温めてあつた褥《しとね》の中に逸早く圭一郎を這入ら
前へ 次へ
全38ページ中15ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
嘉村 礒多 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング