ら1字上げ]春子。

 はじめの一章二章は丹念に讀めた圭一郎の眼瞼《まぶた》は火照り、終りのはうは便箋をめくつて駈け足で卒讀した。そして讀んだことが限りもなく後悔された。圭一郎は現在自分の心を痛めることをこの上なく惧《おそ》れてゐる。と言つても彼は自分の行爲をあたまから是認し、安價に肯定してゐるのではなかつた。それは時には我乍ら必然の歩みであり自然の計らひであつたとは思はなくもないが、しかし、さういふ風に自分といふものを強ひて客觀視して見たところで、寢醒めのわるく後髮を引かれるやうな自責の念は到底消滅するものではなかつた。それなら甘んじて審判の笞《しもと》を受けてもいゝ譯であるが、千登世との生活を血みどろになつて喘いでゐる最中、兎《と》や斯《か》う責任を問はれることは二重の苦しさであつて迚《とて》も遣切れなかつた。
 圭一郎は濟まない氣持で手紙をくしや/\に丸め、火鉢の中に抛《はふ》り込んだ。燒け殘りはマッチを摺つて痕形もなく燃やしてしまつた。彼の心は冷たく痲痺《しび》れ石のやうになつた。
 室内が煙で一ぱいになつたので南側の玻璃《ガラス》窓を開けた。何時しか夕暮が迫つて大川の上を烏が
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