えました。途端わたくし敏雄を抱きあげて袂で顏を掩《おほ》ひました、不憫《ふびん》ぢやありませぬか。お兄さまもよく/\罪の深い方ぢやありませんか。それでも人間と言へますか。――わたくしのお胎内《なか》の子供も良人が遠洋航海から歸つて來るまでには産まれる筈です。わたくし敏ちやんの暗い運命を思ふ時慄然として我が子を産みたくありません。
お兄さまの居られない今日此頃、敏雄はどんなにさびしがつてゐるでせう、「父ちやん何處?」と訊けば「トウキヨウ」と何も知らずに答へるぢやありませんか。「父ちやん、いつもどつてくる?」つて思ひ出しては嫂さまやわたくしにせがむやうに訊くぢやありませんか。敏ちやんはこの頃コマまはしをおぼえました、はじめてまはつた時の喜びつたらなかつたのです。夜も枕元に紐とコマとを揃へて寢に就きます。そして眼醒めると朝まだきから一人でまはして遊んでゐます。「父ちやん戻つたらコマをまはして見せる」つて言ふぢやありませんか。家のためにともお父さまお母さまのためにとも申しますまい。たつたひとりの敏雄のためにお兄さま、歸つては下さいませんでせうか。頼みます。
[#ここで字下げ終わり]
[#地か
前へ
次へ
全38ページ中11ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
嘉村 礒多 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング