や》無耶に葬り去らうとした。ばかりでなく圭一郎は、縱令《よし》、都大路の塵芥箱《ごみばこ》の蓋を一つ/\開けて一粒の飯を拾ひ歩くやうな、うらぶれ果てた生活に面しようと、それは若い間の少時《しばらく》のことで、結局は故郷があり、老いては恃《たの》む子供のあることが何よりの力であり、その羸弱《ひよわ》い子供を妻が温順《おとな》しくして大切に看取り育ててくれさへすればと、妻の心の和平が絶えず祷《いの》られるのだつた。斯うした胸の底の暗い祕密を覗かれる度に、われと不實に思ひ當る度に、彼は愕然として身を縮め、地面に平伏《ひれふ》すやうにして眼瞼を緊めた。うまうまと自分の陋劣《ろうれつ》な術數《たくらみ》に瞞《だま》された不幸な彼女の顏が眞正面に見戍《みまも》つてゐられなかつた。
圭一郎は、自分に死別した後の千登世の老後を想ふと、篩落《ふるひおと》したくも落せない際限のない哀愁に浸るのだつた。社への往復に電車の窓から見まいとしても眼に這入る小石川橋の袂で、寒空に袷《あはせ》一枚で乳母車を露店にして黄塵を浴びながら大福餅を燒いて客を待つ脊髓の跼《かゞま》つた婆さんを、皺だらけの顏を鏝塗《こてぬ》り
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