態でもあつた。幼少の時から偏頗《へんぱ》な母の愛情の下に育ち不可思議な呪ひの中に互に憎み合つて來た、さうした母性愛を知らない圭一郎が丁年にも達しない時分に二歳年上の妻と有無なく結婚したのは、ただ/\可愛がられたい、優しくして貰ひたいの止み難い求愛の一念からだつた。妻は、豫期通り彼を嬰兒《えいじ》のやうに庇《かば》ひ劬《いた》はつてくれたのだが、しかし、子供が此世に現れて來て妻の腕に抱かれて愛撫されるのを見た時、自分への寵《ちよう》は根こそぎ子供に奪ひ去られたことを知り、彼の寂しさは較ぶるものがなかつた。圭一郎は恚《いか》つて、この侵入者をそつと毒殺してしまはうとまで思ひ詰めたことも一度や二度ではなかつた。
――圭一郎が離れ部屋で長い毛絲の針を動かして編物をしてゐる妻の傍に寢ころんで樂しく語り合つてゐると、折からとん/\と廊下を走る音がして子供が遣つて來るのであつた。「母ちやん、何してゐた?」と立ちどまつて詰めるやうに妻を見上げると、持つてゐた枇杷《びは》の實を投げ棄てて、行きなり妻の膝の上にどつかと馬乘りに飛び乘り、そして、きちんとちがへてあつた襟をぐつと開き、毬栗頭《いがぐりあたま
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