冷たいことを仰云つてもお腹の中はさうぢやないと思ひますわ。今に屹度、お子さんが大きくなられたらあなたを訪ねていらつしやるでせうが、わたし其時はどうしようかしら……」
千登世は思ひ餘つて度々|制《おさ》へきれない嗟《なげ》きを泄《も》らした。と忽ち、幾年の後に成人した子供が訪ねて來る日のことが思はれた。自分のいかめしい監視を逸《のが》れた子供は家ぢゆうのものに甘やかされて放縱そのもので育ち、今に家産も蕩盡し、手に負へない惡漢となつて諸所を漂泊した末、父親を探して來るのではあるまいか。額の隱れるほど髮を伸ばし、薄汚い髯を伸ばし、ボロ/\の外套を羽織り、赤い帶で腰の上へ留めた足首のところがすり切れた一雙のズボンの衣匣《かくし》に兩手を突つ込んだやうな異樣な扮裝でひよつこり玄關先に立たれたら、圭一郎は奈何《どう》しよう。まさか、父親の圭一郎を投げ倒して猿轡《さるぐつわ》をかませ、眼球が飛び出すほど喉吭《のどぶえ》を締めつけるやうなことはしもしないだらうが。彼は氣が銷沈した。
圭一郎は子供にきつくて優し味に缺けた日のことを端無くも思ひ返さないではゐられなかつた。彼は一面では全く子供と敵對の状
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