》を妻の柔かい胸肌に押しつけて乳房に喰ひついた。さも渇してゐたかの如く、ちやうど犢《こうし》が親牛の乳を貪《むさぼ》る時のやうな亂暴な恰好をしてごく/\と咽喉を鳴らして美味《うま》さうに飮むのだつた。見てゐた彼は妬《ねた》ましさに見震ひした。
「乳はもう飮ますな、お前が痩せるのが眼に立つて見える」
「下《した》がをらんと如何《どう》しても飮まないではきゝません」
「莫迦《ばか》言へ、飮ますから飮むのだ。唐辛しでも乳房へなすりつけて置いてやれ」
「敏ちやん、もうお止しなさんせ、おしまひにしないと父ちやんに叱られる」
子供はちよいと乳房をはなし、ぢろりと敵意のこもつた斜視を向けて圭一郎を見たが、妻と顏見合せてにつたり笑ひ合ふと又乳房に吸ひついた。目鼻立ちは自分に瓜二つでも、心のうちの卑しさを直ぐに見せるやうな、僞りの多い笑顏だけは妻にそつくりだつた。
「飮ますなと言つたら飮ますな! 一言いつたらそれで諾《き》け!」
妻は思はず兩手で持つて子供の頭をぐいと向うに突き退けたほど自分の劍幕はひどかつた。子供は眞赤に怒つて妻の胸のあたりを無茶苦茶に掻き※[#「てへん+劣」、第3水準1−84−7
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