郎の心は、子供の心配が後から/\と間斷なく念頭に附き纒うて、片時も休まらなかつた。
 子供は低腦な圭一郎に似て極端に數理の頭腦に惠まれなかつた。同年の近所の馬車屋の娘つこでさへも二十までの加減算は達者に呑み込んでゐるのに、彼の子供は見かけは悧巧さうに見える癖に十迄の數さへおぼつかなかつた。圭一郎は悍《たけ》り立つて毎日の日課にして子供に數を教へた。
「一二三四五六七、さあかずへてごらん」といふと「一二三五七」とやる。幾度繰り返しても繰り返しても無駄骨だつた。子供はたうとう泣き出す。彼は子供を一思ひに刺し殺して自分も死んでしまひたかつた。小學時代教師が黒板に即題を出して正解《とけ》た生徒から順次教室を出すのであつたが、運動場からは陣取りや鬼ごつこの嬉戲の聲が聞えて來るのに圭一郎だけは一人教室へ殘らなければならなかつた。彼の家と仲違《なかたがへ》してゐる親類の子が大勢の生徒を誘つて來てガラス窓に顏を押當てて中を覗きながらクツ/\とせゝら笑ふ。負け惜しみの強い彼はどんなに恥悲しんだことか。さうした記憶がよみがへると、このたはけもの奴! と圭一郎は手をあげて子供を撲《ぶ》ちはしたものの、悲鳴を
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