隱せなかつた。
「さうでせう。だつたら何故かくすんです。何故そんなにかくしだてなさるんです。お見せなさい」
 仕方なく圭一郎は懷《ふところ》から取出して彼女に渡した。彼女は卷紙持つ手をぶる/\顫はし乍ら、息を引くやうにして眼を走らせた。
「ほんたうにすまないわ!」と千登世は聲を絞つて言ふなり、袂を顏に持つて行つて疊の上に突つ伏した。肩先が波のやうに激しくゆらいだ。
「ね、あなた、あなたはお國へお歸りなさいな。わたしのことなどもうお諦めなすつて、お國へ歸つて行つて下さい。わたし、ほんたうに、お父さまにもお子さんにもすまないから……」
 泣き腫れて充血した氣味惡い白眼を据ゑた顏をあげて彼女にさう言はれると、圭一郎は生きてゐたくないやうな胸苦しさを覺えた。が、威嚇《おど》したり、賺《すか》したりして、どうにかして彼女の機嫌を直し氣を變へさせようと焦りながらも、鞄を肩に掛け、草履袋《ざうりぶくろ》を提げ、白い繃帶の鉢卷した頭に兵隊帽を阿彌陀《あみだ》に冠つた子供の傷々《いた/\》しい通學姿が眼の前に浮かんで來ると、手古摺らす彼女からは自然と手を引いてひそかに圭一郎は涙を呑むのであつた。
 圭一
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