ても、體の疲れと氣疲れとで忽ち組んだ腕の中に顏を埋めてうと/\とまどろむのであつた。……「敏ちやん!」と狂氣のやうに叫んだと思ふと眼が醒めた。その時は夜は隨分更けてゐたが千登世はまだせつせと針を運んでゐたので、魘《うな》される圭一郎をゆすぶり醒ましてくれた。
「夢をごらんなすつたのね」
「あゝ、怕《おそ》ろしい夢を見た……」
 確かに「敏ちやん」と子供の名前を大聲で呼んだのだが、千登世には、それだと判らなかつたらしい。平素彼は彼女の前で噫《おくび》にも出したことのない子供の名を假令《たとひ》夢であるにしても呼んだとしたら、彼女はどんなに苦しみ出したかしれなかつた。彼は息を吐《つ》いて安堵の胸を撫でた。圭一郎は夢の中で子供に會ひに故郷に歸つたのだ。宵闇にまぎれて村へ這入り閉まつてる吾家の平氏門を乘り越えて父と母とを屋外に呼び出した。が、親達は子供との會見をゆるしてくれない。會はしたところで又直ぐ別れなければならないのなら、お互にこんな罪の深いことはないのだからと言ふ。折角子供見たさの一念から遙々歸つて來たのだから、一眼でも、せめて遠眼にでも會はしてほしいと縁側で押問答をしてゐると、「父ち
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