いと、妹はこま/″\と愚痴つぽく書き列べた。そして又、切開後の結果の如何に依つては敏雄の小學校への入學を一年延期したい父の意嚮《いかう》だとも妹は亂れがちな筆で末尾に書添へてゐた。
 ――その入學期の四月は、餘すところ一週日もないのである。彼は氣が氣でなかつた。ともすれば氣が遠くなつて錢湯で下足札を浴槽《ゆぶね》の中に持ち込むやうな迂闊なことさへ屡※[#二の字点、1−2−22]だつた。もういくら何んでも、退院だけはしてゐる筈なのだらうが? 圭一郎は、雜誌社の机で、石垣に面した崖下の家の机で、せめてハガキででも子供の今日此頃を確めようと焦つた。幾度もペンを執らうと身を起したが心は固く封じられて動かうとはしなかつた。
 圭一郎は默然として手を拱《こまぬ》き乍ら硬直したやうになつて日々を迎へた。
 櫻の枝頭にはちらほら花を見かける季節なのに都會の空は暗鬱な雲に閉ざされてゐた。二三日|霙《みぞれ》まじりの冷たい雨が降つたり小遏《こや》んだりしてゐたが、さうした或る朝寢床を出て見ると、一夜のうちに春先の重い雪は家のまはりを隈《くま》なく埋めてゐた。午《ひる》時分には陽に溶けた屋根の雪が窓庇《まど
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