もた》げ、遠く波濤にけむる朝の光を帶びた廣い海原を茫然と眺めるのであつた。そして、藍色《あゐいろ》を成した漂渺《へうべう》とした海の遙か彼方に故郷のあることが思はれ病兒の身の上が思はれ、眼瞼の裏は煮え出して唏泣《すゝりな》け、齒はがた/\と顫《ふる》へわなゝいた。
妹の最後の手紙には、病院には母が詰切つて敏雄の看護をしてゐる趣きがしたゝめてあつた。妻の咲子は假病を使つて保養がてらと稱《い》つてY町の實家に歸つてゐるが、つい[#「つい」に傍点]眼と鼻の間である病院へ意地づくで子供の重い病を見舞はうともしないこと、朝は一番の圓太郎馬車で、夜は最終の同じガタ馬車で五里の石ころ道を搖られて歸る父は、さうした毎日の病院通ひにへと/\に憊《つか》れてゐること、扁桃腺まで併發して、食物は一切咽喉を通らず、牛乳など飮ますと直ぐ鼻からタラ/\と流れ出るさうした敏雄も可傷《いたはし》さの限りだけれど、父の心痛を面《まのあたり》に見るのはどんなに辛いことか、氣の毒で迚《とて》も筆にも言葉にもあらはせない、兄さん、お願ひだから、お父さまに、ほんとにご心配かけてかへす/″\も濟まないとたつた一言書き送つて欲し
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