の委細を書き送つて圭一郎を苦しめぬいた妹は、海軍士官である良人が遠洋航海から歸つて來るなり、即刻佐世保の軍港へ赴いた。圭一郎は救はれた思ひで吻《ほつ》とした。けれども彼はY町の赤十字病院に入院してゐるといふ子供の容態の音沙汰に接し得られないことを憾《うら》みにした。いよ/\頭部の惡性な腫物の手術を近く施すといふ妹の最後の便りを、その頃まだ以前の勤先である靈岸島濱町の酒新聞社に通つてゐた一月の月始めに受取つて以降、彼はある不吉な終局を待受けて見たりする心配に絶えず氣を取亂した。圭一郎は割引電車に乘つて行つて、社の扉のまだ開かれない二十分三十分の間を永代橋の上に立ち盡して、時を消すのが毎朝の定りだつた。流れに棹《さをさ》して溯《さかのぼ》る船や、それから渦卷く流れに乘つて曳船に曳かれ水沫《しぶき》を飛ばし乍ら矢の如く下つて行く船を、彼は欄干に顎を靠《もた》し、元氣のない消え入るやうにうち沈んだ心地で、半眼を開いた眼を凝乎《ぢつ》と笹の葉ほどに小さく幽かになつて行く同じ船の上に何處までも置いてゐるのであつたが、誰かの足音か聲かに覺まされたもののやうに偶《ふ》と正氣づいて俄《にはか》に顏を擡《
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