りが梯子段とつつきの三疊の圭一郎の室へ、次の間の編輯室から風に送られて漂うて來ると、彼は怺《こら》へ難い陋《さも》しい嗜慾に煽《あふ》り立てられた。圭一郎は片時も離せない煙草が幾日も喫めないのである。腦がぼんやりし、ガン/\幻惑的な耳鳴りがし、眩暉《めまひ》を催して來ておのづと手に持つたペンが辷り落ちるのだつた。彼は堪りかねて、さりげなくルバシュカに近寄つて行き、彼の吐き出すバットの煙を鼻の穴を膨らまして吸ひ取つては渇を癒《いや》した。
ルバシュカが晝食の折階下へ降りた間を見計つて、彼は、編輯室に鼠のやうにする/\と走つて行つて、敏捷《はしこ》くルバシュカのバットの吸さしを盜んだ。次の日も同じ隙間を覗つて吸さしのコソ泥を働いた。ルバシュカは爪楊枝《つまやうじ》を使ひながら座に戻ると煙草盆を覗いて、
「怪《け》つたいだなあ、吸さしがみんななくなる、誰かさらへるのかな。」
と呟いて怪訝《けげん》さうに首を傾げた。人の良いルバシュカは別に圭一郎を疑ぐる風もなかつたが、圭一郎は言ひあらはし難い淺間しさ、賤劣の性の疚《やま》しさを覺えて、耳まで火のやうに眞赤になり、背筋や腋の下にぢり/\と膏汗
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