て》もない廣い都會を職業を探して歩いた。故郷に援助を求めることも男のいつぱしで出來ないのだ。彼は一切の矜《ほこ》りを棄ててゐた。社會局の同潤會へ泣きついて本所横網の燒跡に建てられた怪しげなバラックの印刷所に見習職工の口を貰つたが、三日の後には解雇された。彼は氣を取り直して軒先にぶら下つてゐる「小僧入用」のボール紙にも、心引かれる思ひで朝から晩まで街から街を歩いた。上野の市設職業紹介所には降る日も缺かさず通つて行つて、そして、迫り來る饑《ひも》じさにグウ/\鳴る腹の蟲を耐へて澁面つくつた若者や、腰掛の上に仰向けになつてゐる眼窩《がんくわ》の落窪んだ骸骨のやうなよぼ/\の老人や、腕組みして仔細らしく考へ込んでゐる凋《しぼ》んだ青瓢箪《あをべうたん》のやうな小僧や、さうした人達の中に加つて彼は控所のベンチに身を憩《やす》ませた。みんなが皆な、大きな聲一つ出せないほど窶《やつ》れて干乾びてゐる。と中に、セルの袴を穿いて俺は失業者ではないぞと言はぬ顏に威張り散らし、係員に横柄な口を利く角帽の學生を見たりすると、初めの間はその學生同樣に袴など穿いて方々の職業紹介所を覗いてゐた時のケチ臭い自分の姿を
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