ひましたんや。」
 向うの広間に置いた幾つもの衝立《ついたて》の蔭に飲食《のみくひ》してゐる、幾組もの客を見渡しつゝ、お文はさも快ささうに、のんびりとして言つた。
「御寮人さん、お出でやす。」
「御寮人はん、お久しおますな。」
 なぞと、痩せたのや肥えたのや、四五人の赤前垂の女中が代る/\出て来た。其の度にお文が白いのを鼻紙に包んで与《や》るのを、源太郎は下手な煙草の吸ひやうをしながら、眼を光らして見てゐる。
 肥つた女中は、チリン/\と小さく鈴の鳴るやうな音をさして、一つ一つ捻つた器具の載つてゐる杯盤を運んで来た。
「まア一つおあがりやへえな。」と、女中は盃洗の底に沈んでゐた杯を取り上げ、水を切つて、先づ源太郎に献《さ》した。源太郎は酌《さ》された酒の黄色いのを、しツぽく[#「しツぽく」に傍点]台の上に一寸見たなりで、無器用な煙草を止めずにゐた。
「こんな下等なとこやよつて、重亭や入船のやうに行きまへんが、お口に合ひまへんやろけど、まアあがつとくなはれ……なア姐《ねえ》はん。」
 自分に献された初めの一杯を、ぐツと飲み乾したお文は、かう言つてから、二度目の酌を女中にさせながら、
「姐
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