てゐた。
「あゝ、御寮人さん、お出でやす。まアお久しおますこと、えらいお見限りだしたな。さアお上りやす。」
 赤前垂の肥つた女は、食物を載せた盆を持つて、狭い廊下を通りすがりに、沓脱石の前に立つてゐるお文の姿を見出して、ペラ/\と言つた。
「上らうと思うて来たんやもん、上らずに去《い》ぬ気遣ひおまへん。」
 かう言つて駒下駄を沓脱石の上に脱ぎ棄てたお文の背中を、ポンと叩いて、赤前垂の女は、
「まア御寮人さん……」と、仰山《ぎょうさん》らしく呆《あき》れた表情をしたが、後から随《つ》いて入つて来た源太郎の大きな姿を見ると、
「お連れはんだツか。……何うぞお上り。さア此方へお出でやへえな。」と、優しく言つて、窮屈な階子段を二階へ案内した。
 茶室好みと言つたやうな、細そりした華奢《きやしや》な普請《ふしん》の階子段から廊下に、大きな身体を一杯にして、ミシ/\音をさせながら、頭の支《つか》へさうな低い天井を気にして、源太郎は二階の奥の方の鍵の手に曲つたところへ、女中とお文との後から入つて行つた。
「善哉《ぜんざい》なんぞ厭だすがな。こんなとこへ来るといふと、阿母アはんが怒りはるよつて、あゝ言
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