。」
 元気のよいお文を先きに立てて、源太郎は太い腰を曲げながら、ヨタヨタと店の暖簾《のれん》を潜《くゞ》つて、賑やかな道頓堀の通りへ出た。
「牛に牽《ひ》かれて善光寺参り、ちふけど、馬に牽かれて牛が出て行くやうやな。」と、お梶は眼をクシヤ/\さして、銀場も明るい電燈の下に微笑《ほゝゑ》みつゝ、二人の出て行くのを見送つた。

       七

 筋向うの芝居の前には、赤い幟《のぼり》が出て、それに大入の人数が記されてあつた。其処らには人々が真ツ黒に集まつて、花電燈の光を浴びつゝ、絵看板なぞを見てゐた。序幕から大切《おほぎり》までを一つ/\、俗悪な、浮世絵とも何とも付かぬものにかき現した絵看板は、芝居小屋の表つき一杯に掲げられて、竹に雀か何かの模様を置いた、縮緬《ちりめん》地の幅の広い縁を取つてあるのも毒々しかつた。
 お文と源太郎とは、人込みの中を抜けて、褄《つま》を取つて行く紅白粉《べにおしろい》の濃い女や、萌黄《もえぎ》の風呂敷に箱らしい四角なものを包んだのを掲げた女やに摩《す》れ違ひながら、千日前《せんにちまへ》の方へ曲つた。
「千日前ちふとこは、洋服着た人の滅多に居んとこやて
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