。……をツ[#「をツ」に傍点]さんは、もう去ぬか。」
其の日の新聞を披《ひろ》げた上に坐睡《ゐねむり》をしてゐた源太郎は、驚いた風でキヨロキヨロして、
「あゝ、去にます。」と、手を伸ばして姉の前の煙草入を納《しま》ひかけたが、煙管は先刻から煙草ばかり吸ひ続けてゐる姉が持つたまゝでゐた。
「狭いよつてなア此処は、……此処へ寝ると、昔淀川の三十石に乗つたことを思ひ出すなア。……食《くら》んか舟でも来さうや。」と、お梶は煙管を弟に返し、孫の寝姿に添うて横になつた。
「をツ[#「をツ」に傍点]さん、善哉《ぜんざい》でも喰べに行きまへうかいな。……久し振りや、阿母アはんに一寸銀場見て貰うて。……なア阿母アはん、よろしおまツしやろ。」
何もかも忘れて了つたやうに、気軽な物の言ひやうをして、お文は早や身支度をし始めた。
「いといで。眼がわるなつたけど、こなひだ[#「こなひだ」に傍点]までしてた仕事やもん、閑《ひま》な時の銀場ぐらゐ、これでも勤まるがな。」と身を起して、お梶はさツさ[#「さツさ」に傍点]と銀場へ坐つた。
「またもや御意の変らぬ中にや、……をツ[#「をツ」に傍点]さん、さア行きまへう
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