……其の外の口は損ばつかり。あんなことに手を出したらどん[#「どん」に傍点]ならん。……一切合財《いつさいがつさい》興行物はせんこと。店の名義は戻つてから身持を見定め、自分の借銭のかた[#「かた」に傍点]を付けてから、切り替へること。それから、何《ど》うあつても家出をせぬといふ一札を書くこと。……これだけを確《しつ》かり約束せんと、今度といふ今度は家の敷居|跨《また》がせん。」
もう四五年で七十の鐺《こじり》を取らうとする年の割には、皺の尠《すくな》い、キチンと調《とゝの》つた顔に力んだ筋を見せて、お梶は店の男女や客にまで聞える程の声を出した。
銀場のお文は知らぬ顔をして帳面を繰つてゐた。
六
夜も十時を過ぎると、表の賑ひに変りはないが、店はズツと閑《ひま》になつた。
「阿母《おか》アはん、今夜泊つて行きなはるとえゝな。……今から去《い》なれへん。」
漸《やつ》と自分の身体になつたと思はれるまでに、手の隙《す》いて来たお文は、銀場を空にして母の側に立つた。
「去ねんこともないが、寝た児を連れて電車に乗るのも敵《かな》はんよつて、久し振りや、そんなら泊つて行かう
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