十円や。……それから、この店の名義を切り替へて福造の名にすること。時々|浪花節《なにはぶし》や、活動写真や、仁和賀《にわか》芝居の興行をしても、ゴテ/\言はんこと。これだけを承知して呉れるんなら、元の鞘へ納まつてもえゝ、自分の拵へた借銭は自分に片付けるよつて、心配せいでもよい。……長いことゴテ/\書いてあるが、煎じ詰めた正味はこれだけや。……あゝさう/\、それから鱧《はも》の皮を一円がん送つて呉れえや。」と、手紙を披《ひろ》げ/\言つて、逆に巻いて行つたのを、ぽんと其処へ投げた。
 怖い顔をして、ヂツと聴いてゐたお梶は、気味のわるい苦笑を口元に湛《たゝ》へて、
「阿呆臭《あほくさ》い、それやと全《まる》で此方からお頼み申して、戻つて貰ふやうなもんやないか。……えゝ加減にしときよるとえゝ、そんなことで此方が話に乗ると思うてよるのか知らん。」と言ひ/\、孫を側の座蒲団の上へ寝さし、戸棚から敷蒲団を一枚出して上にかけた。細い寝息が騒がしい店の物音にも消されずに、スウ/\と聞えた。
「奈良丸を千円で三日買うて来て、千円上つて、損得なしの元々やつたのが、福造の興行物の一番上出来やつたんやないか。
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