な。さう聞いてみると成るほどさうや。」と、源太郎は動《やゝ》もすると突き当らうとする群集に、一人でも多く眼を注ぎつゝ言つた。
「兵隊は別だすかいな。皆洋服着てますがな。」
 例《いつ》もの軽い調子で言つて、お文はにこ/\と法善寺裏の細い路次へ曲つた。其処も此処も食物を並べた店の多い中を通つて、この路次へ入ると、奥の方からまた食物の匂が湧き出して来るやうであつた。
 路次の中には寄席《よせ》もあつた。道が漸《やうや》く人一人行き違へるだけの狭さなので、寄席の木戸番の高く客を呼ぶ声は、通行人の鼓膜を突き破りさうであつた。芸人の名を書いた庵《いほり》看板の並んでゐるのをチラと見て、お文は其の奥の善哉屋の横に、祀《まつ》つたやうにして看板に置いてある、大きなおかめ[#「おかめ」に傍点]人形の前に立つた。
「このお多福古いもんだすな。何年|経《た》つても同《おんな》し顔してよる……大かたをツ[#「をツ」に傍点]さんの子供の時からおますのやろ。」
 妙に感心した風の顔をして、お文はおかめ[#「おかめ」に傍点]人形の前を動かなかつた。笑み滴《こぼ》れさうな白い顔、下げ髪にした黒い頭、青や赤の着物の色
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