の上へ手繰《たぐ》り下された。
「サンキユー。」と、妙な声が水の上から聞えたので、源太郎は馬鹿馬鹿しさうに微笑を漏らした。
雇女が一人三畳へ入つて来て、濡れ縁へ出て対岸《むかうぎし》の紅い灯を眺めながら、欄干を叩いて低く喇叭節《らつぱぶし》を唄つてゐたが、藪から棒に、
「上町の旦那はん、……八千代はん、えらうおまんな。この夏|全《まる》で休んではりましたんやな。……もう出てはりますさうやけど、お金もたんと[#「たんと」に傍点]出来ましたんやろかいな。」と、源太郎に向つて言つた。
随一の名妓と唄はれてゐる、富田屋の八千代の住む加賀屋といふ河沿ひの家のあたりは、対岸でも灯の色が殊に鮮かで、調子の高い撥《ばち》の音も其の辺から流れて来るやうに思はれた。空には星が一杯で、黒い河水に映る両岸の灯《ひ》と色を競ふやうであつた。
名妓の噂を始めた縮れ毛の、色の黒い、足の大きな雇女は、源太郎が何とも言はぬので、また欄干を叩いて喇叭節をやり出した。
手紙を前に披《ひろ》げて、ヂツと腕組をしてゐた源太郎は、稍《やゝ》暫くしてから、空《から》になつた食器が籠に入つて雇女の手で河の中から迫《せ》り上つ
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