て来たのを見たので、突然銀場の方を向いて、
「これ、何んぼになるんやな。」と頓狂な声を出した。
「よろしおますのやがな、お序《ついで》の時にと、さう言はしとくなはれ。」
算盤《そろばん》を弾きながら、お文が向うむいたまゝで言つたのと、殆んど同時に、総てを心得てゐる雇女は、濡れ縁から下を覗き込んで、
「よろしおます、お序の時で。」と高く叫んだ。水の上からも何か言つてゐるやうであつたが、意味は分らなかつた。やがて、赤い灯の唯一つ薄暗く煤《すゝ》けて点いてゐる小舟は、音もなく黒い水の上を滑つて、映る両岸の灯の影を乱しつゝ、暗《やみ》の中に漕ぎ去つた。
四
腕組をして考へてゐた源太郎は、また俯《うつぶ》いて長い手紙に向つた。さうして今度は口の中で低く声を立てて読んでゐたが、読み終るまでに稍長いことかゝつた。
お文は銀場から、その鋭い眼で入り代り立ち代る客を送り迎へして、男女二十八人の雇人を万遍《まんべん》なく立ち働かせるやうに、心を一杯に張り切つてゐた。夜の更けようとするに連れて、客の足はだん/\繁くなつた。暖簾《のれん》を掲げた入口から、丁字形に階下の間と二階の階子段
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