灯に透かして、一心に長い手紙を披《ひろ》げてゐる、お文の肉附のよい横顔の、白く光るのを、時々振り返つて見ながら、源太郎は、姪《めひ》も最《も》う三十六になつたのかあアと、染々《しみ/″\》さう思つた。
毛糸の弁当|嚢《ぶくろ》を提げて、「福島さん学校へ」と友達に誘はれて小学校へ通つてゐた姪の後姿を毎朝見てゐたのは、ツイ此頃のことのやうに思はれるのに、と、源太郎はまださう思つて、聟《むこ》養子を貰つた婚礼の折の外は、一度も外の髪に結つたことのない、お文の新蝶々を、俯《うつむ》いて家出した夫の手紙に読み耽つてゐるお文の頭の上に見てゐた。其の新蝶々は、震へるやうに微かに動いてゐた。
「何んにも書いたらしまへんがな。……長いばツかりで。……病気で困つてるよつて金送れと、それから子供は何《ど》うしてるちふことと、……今度といふ今度は懲《こ》り/\したよつて、あやまる[#「あやまる」に傍点]さかい元の鞘《さや》へ納まりたいや、……決つてるのや。」
口では何でもないやうに言つてゐるお文の眼の、異様に輝いて、手紙を見詰めてゐるのが、蝋燭の光の中に淡く見出された。
「まアをツ[#「をツ」に傍点]さん、読んで見なはれ。面白おまツせ。」
気にも止めぬといふ風に見せようとして、態《わざ》とらしい微笑を口元に浮べながら、残り惜しさうに手紙を其処に置き棄てて、お文は立ち上ると、叔父の背後に寄つて、無言で銀場を代らうとした。
「どツこいしよ。」と、源太郎はまた重さうに腰を浮かして、手燭の点けツぱなしになつてゐる三畳へ、大きな身体を這ひ込むやうにして坐つた。煙管はまだ先刻から一服も吸はずに、右の手へ筆を持ち添へて握つてゐた。
「をツ[#「をツ」に傍点]さん、筆……筆。」と、お文は銀場の筆を叔父の手から取り戻して、懈怠《けだる》さうに、叔父の肥つた膝の温味《ぬくみ》の残つた座蒲団の上に坐ると、出ないのを無理に吐き出すやうな欠伸《あくび》を一つした。
源太郎は、蝋燭の火で漸《やつ》と一服煙草を吸ひ付けると、掃除のわるい煙管をズウ/\音させて、無恰好に煙を吐きつゝ、だらしなく披《ひろ》げたまゝになつてゐる手紙の上に眼を落した。
「其の表書《うはがき》なア、福島磯といふのを知つてるのが不思議でなりまへんのや。」
手紙を三四行読みかけた時、お文がこんなことを言つたので、源太郎は手紙の上に俯《うつぶ
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