ぜた払ひを検《あらた》めて、それから新らしい客の通した麦酒《ビール》と鮒の鉄砲和《てつぱうあへ》とを受けてから、一寸の閑《ひま》を見出したお文は、後《うしろ》を向いてかう言つた。彼女の手には厚い封書があつた。
「さうか、矢ツ張り福造から来たんか、何言うて来たんや。……また金送れか。分つてるがな。」
 源太郎は眼をクシヤ/\さして、店から射す灯に透かしつゝ、覗《のぞ》くやうに封書の表書《うはがき》を読まうとしたが、暗くて判らなかつた。
「をツ[#「をツ」に傍点]さんに先き読んで貰ひまへうかな。……私《わたへ》まだ封開けまへんのや。」
 かうは言つてゐるものの、封書は固くお文の手に握られて、源太郎に渡さうとする容子《ようす》は見えなかつた。
「お前、先きい読んだらえゝやないか。……お前とこへ来たんやもん。」
「私、何や知らん、怖いやうな気がするよつて。」
「阿呆《あほ》らしい、何言うてるのや。」
 冷笑を鼻の尖端《さき》に浮べて、源太郎は煙の出ぬ煙管を弄り廻してゐた。
「そんなら私《わたへ》、そツちへいて読みますわ。……をツ[#「をツ」に傍点]さん一寸銀場を代つとくなはれ、あのまむし[#「まむし」に傍点]が五つ上ると金太に魚槽《ふね》を見にやつとくなはれ。……金太えゝか。」
 気軽に尻を上げて、お文は叔父と板前の金太とに物を言ふと、厚い封書を握つたまゝ、薄暗い三畳へ入つた。
「よし来た、代らう。どツこいしよ。」と、源太郎は太い腰を浮かして、煙管を右の手に、煙草入を左の手に攫《つか》んで、お文と入れ代りに銀場へ坐つた。
 豆絞りの手拭で鉢巻をして、すら/\と機械の廻るやうな手つきで鰻を裂いてゐた板前の金太は、チラリと横を向いて源太郎の顔を見ると、にツこり笑つた。
「此処へも電気|点《つ》けんと、どんならんなア。阿母《おか》アはんは倹約人《しまつや》やよつて、点けえでもえゝ、と言やはるけど、暗うて仕様がおまへんなをツ[#「をツ」に傍点]さん。……二十八も点けてる電気やもん、五燭を一つぐらゐ殖《ふ》やしたかて、何んでもあれへん、なアをツ[#「をツ」に傍点]さん。」
 がらくた[#「がらくた」に傍点]の載つてゐる三畳の棚を、手探りでガタゴトさせながら、お文は声高に独り言のやうなことを言つてゐたが、やがてパツと燐寸《マツチ》を擦つて、手燭に灯を点けた。
 河風にチラ/\する蝋燭の
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