つてるのやろ、不思議やな。叔父さんが知らしたのかな。」
 お文はかう思つて、またつく/″\と厚い封書の宛名の字を眺めてゐた。
 河岸《かし》に沿うた裏家根に点《つ》けてある、「さぬきや」の文字の現れた広告電燈の色の変る度に、お文の背中は、赤や、青や、紫や、硝子《ガラス》障子《しょうじ》に映るさま/″\の光に彩《いろど》られた。
 一しきり立て込んだ客も、二階と階下《した》とに一組づゝゐるだけになつた。三本目の銚子を取り換へてから小一時間にもなる二階の二人連れは、勘定が危さうで、雇女は一人二人づゝ、抜き足して階子段を上つて行つた。

       二

 新まいの雇女にお客と間違へられて、お文の叔父の源太郎が入つて来た。
「お出でやアす。」と、新まいの女の叫んだのには、一同が笑つた。中には腹を抱へて笑ひ崩れてゐるものもあつた。
「をツ[#「をツ」に傍点]さん、えゝとこへ来とくなはつた。今こんな手紙が来ましたのやがな。独りで見るのも心持がわるいよつて、電話かけてをツ[#「をツ」に傍点]さん呼ばうと思うてましたのや。」
 お文は女どものゲラ/\とまだ笑ひ止まぬのを、見向きもしないで、銀場の前に立つた叔父の大きな身体を見上げるやうにして、かう言つた。
「手紙テ、何処からや。……福造のとこからやないか。」
 源太郎は年の故《せゐ》で稍《やゝ》曲つた太い腰をヨタ/\させながら、銀場の横の狭い通り口へ一杯になつて、角帯の小さな結び目を見せつゝ、背後《うしろ》の三畳へ入つた。
 其処には箪笥《たんす》やら蠅入らずやら、さま/″\の家具類が物置のやうに置いてあつて、人の坐るところは畳一枚ほどしかなかつた。其の狭い空地へ大きく胡坐《あぐら》をかいた源太郎は、五十を越してから始めた煙草を無器用に吸はうとして、腰に挿した煙草入れを抜き取つたが、火鉢も煙草盆も無いので、煙草を詰めた煙管《きせる》を空しく弄《いぢ》りながら、対《むか》う河岸《がし》の美しい灯の影を眺めてゐた。対う河岸は宗右衛門町で、何をする家か、灯がゆら/\と動いて、それが、螢を踏み蹂躙《にじ》つた時のやうに、キラ/\と河水に映つた。初秋の夜風は冷々《ひえ/″\》として、河には漣《さゞなみ》が立つてゐた。
「能《よ》う当りましたな。……東京から来ましたのや。……これだす。」
 勘定の危《あやぶ》まれた二階の客の、銀貨銅貨取り混
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