皮、細う切つて、二杯酢にして一晩ぐらゐ漬けとくと、温飯《ぬくめし》に載せて一寸いけるさかいな。」と、源太郎は長い手紙を巻き納めながら、暢気《のんき》なことを言つた。

       五

 堺の大浜に隠居して、三人の孫を育ててゐるお梶《かぢ》が、三歳になる季《すゑ》の孫を負つて入つて来た。
「阿母《おか》アはん、好いとこへ来とくなはつた。をツ[#「をツ」に傍点]さんも来てはりますのや。」と、お文は嬉しさうな顔をして母を迎へた。
「お家《へ》はん、お出でやす。」と、男女の雇人中の古参なものは口々に言つて、一時「気を付けツ」といつたやうな姿勢をした。
「あばちやん、ばア。母アちやん、ばア。ぢいちやん、ばア。」と、お梶は歌のやうに節を付けて背中の孫に聞かせながら、ズウツと源太郎の胡坐《あぐら》をかいてゐる三畳へ入つて行つた。
 背中から下された孫は、母の顔を見ても、大叔父の顔を見ても、直ぐベソをかいて、祖母の懐に噛《かじ》り付いた。
「あゝ辛度《しんど》や。」と疲れた状《さま》をして、薄くなつた髪を引ツ詰めに結《ゆ》つた、小さな新蝶々の崩れを両手で直したお梶は、忙しさうに孫を抱き上げて、萎《しな》びた乳房を弄《なぶ》らしてゐた。
「其の子が一番福造に似てよるな。」と、源太郎は重苦しさうな物の言ひやうをして、つく/″\と姉の膝の上の子供を見てゐた。
「性根まで似てよるとお仕舞ひや。」
 笑ひながらお梶は、萎びた乳房を握つてゐる小さな手を窃《そつ》と引き離して襟《えり》をかき合はした。孫は漸く祖母の膝を離れて、気になる風で大叔父の方を見ながら、細い眼尻の下つた平ツたい色白の顔を振り/\、ヨチ/\と濡れ縁の方に歩いた。
「男やと心配やが、女やよつて、まア安心だす。」
 戦場のやうに店の忙しい中を、お文は銀場から背後を振り返つて、厭味《いやみ》らしく言つた。
 それを耳にもかけぬ風で、お梶は弟の前の煙管《きせる》を取り上げて、一服すはうとしたが、煙管の詰まつてゐるのに顔を顰《しか》めて、
「をツ[#「をツ」に傍点]さん、また詰まつてるな。素人《しろと》の煙草呑みはこれやさかいな。」と、俯いて紙捻《こより》を拵へ、丁寧に煙管の掃除を始めた。
「福造から手紙が来たある。……一寸読んで見なはれ。」と、源太郎は厚い封書を姉の前に押しやつた。
「それ、福造の手紙かいな……私《わし》はよツぽ
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