けの人数が喰べて行かれるのは、商売のお蔭やないか。商売を粗末にする者は、家に置いとけんさかいな、ちやツちや[#「ちやツちや」に傍点]と出ていとくれ。」と、癇高い声を立てた。男女二人の雇人は、雷に打たれたほどの驚きやうをして、パツと左右に飛んで立ち別れた。
「味醂《みりん》屋へまた二十円貸せちうて来たんやないか……味醂屋にはこの春家出する時三十円借りがあるんやで。能《よ》うそんな厚かましいことが言はれたもんやな。」
何処までも追つかけるといつた風に、源太郎は、福造の棚卸《たなおろし》をお文の背中から浴びせた。
「味醂屋どこやおまへん。去年家にゐて出前持をしてたあの久吉な、今島の内の丸利にゐますのや。あそこへいて、この春久吉に一円借せと言ひましたさうだツせ。困つて来ると恥も外聞も分りまへんのやなア。」
また世間話をするやうな、何気ない調子に戻つて、お文は背後《うしろ》を振り返り振り返り、叔父の言葉に合槌を打つた。
「味醂屋や酒屋や松魚節《かつを》屋の、取引先へ無心を言うて来よるのが、一番|強腹《がうはら》やな……何んぼ借して呉れんやうに言うといても、先方《さき》では若《も》し福造が戻つて来よるかと思うて、厭々ながら借すのやが、無理もないわい。若しも戻つて来よると、讃岐屋の旦那はんやもんな。其の時復讐をしられるのが辛《つら》いよつてな。取引先も考へて見ると気の毒なもんや。」
染々《しみ/″\》と同情する言葉つきになつて、源太郎は太い溜息を吐《つ》いた。
「饂飩《うどん》屋に丁稚《でつち》をしてた時から、四十四にもなるまで、大阪に居ますのやもん、生れは大和でも、大阪者と同じことだすよつてな。私等《わたへら》の知らん知人もおますよつて、あゝやつて東京へほつたらかし[#「ほつたらかし」に傍点]とくと、其処ら中へ無心状を出して、借銭の上塗をするばかりだす。困つたもんやなア。」
漸く他人のことではないやうな物の言ひ振りになつて、お文は広く白い額へ青筋をビク/\動かしてゐた。
「あゝ、『鱧《はも》の皮を御送り下されたく候』と書いてあるで……何|吐《ぬ》かしやがるのや。」と、源太郎は長い手紙の一番終りの小さな字を読んで笑つた。
「鱧の皮の二杯酢が何より好物だすよつてな。……東京にあれおまへんてな。」
夫の好物を思ひ出して、お文の心はさま/″\に乱れてゐるやうであつた。
「鱧の
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