ど今それで煙管掃除の紙捻を拵へようかと思うたんや。」
封書を一寸見やつただけで、お梶は顔を顰め/\、毒々しい黒い脂《やに》を引き摺り出して煙管の掃除を続けた。
「まア一寸でよいさかい、其の手紙を読んどくなはれ。それを読まさんことにや話が出来まへん。」
「福造の手紙なら読まんかて大概分つたるがな……眼がわるいのに、こんな灯で字が読めやへん。何んならをツさん[#「をツ」に傍点]、読んで聞かしとくれ。」
煙管を下に置いて、巧みな手つきで短くなつた蝋燭のシンを切つてから、お梶はスパ/\と快く通るやうになつた煙管で、可味《うま》さうに煙草を吸つて、濃い煙を吐き出した。源太郎は自分よりも上手な煙草の吸ひやうを感心する風で姉の顔を見つめてゐた。
孫はまた祖母の膝に戻つて、萎びた乳も弄らずに、罪のない顔をして、すや/\と眠つて了つた。
「福造の手紙を読《よん》で聞かすのも、何《なん》やら工合がわるいが、……ほんなら中に書いてあることをざつと言うて見よう。」
源太郎はかう言つて、構へ込むやうな身体つきをしながら、
「まア何んや、例《いつ》もの通りの無心があつてな。……今度は大負けに負けよつて、二十円や。……それから、この店の名義を切り替へて福造の名にすること。時々|浪花節《なにはぶし》や、活動写真や、仁和賀《にわか》芝居の興行をしても、ゴテ/\言はんこと。これだけを承知して呉れるんなら、元の鞘へ納まつてもえゝ、自分の拵へた借銭は自分に片付けるよつて、心配せいでもよい。……長いことゴテ/\書いてあるが、煎じ詰めた正味はこれだけや。……あゝさう/\、それから鱧《はも》の皮を一円がん送つて呉れえや。」と、手紙を披《ひろ》げ/\言つて、逆に巻いて行つたのを、ぽんと其処へ投げた。
怖い顔をして、ヂツと聴いてゐたお梶は、気味のわるい苦笑を口元に湛《たゝ》へて、
「阿呆臭《あほくさ》い、それやと全《まる》で此方からお頼み申して、戻つて貰ふやうなもんやないか。……えゝ加減にしときよるとえゝ、そんなことで此方が話に乗ると思うてよるのか知らん。」と言ひ/\、孫を側の座蒲団の上へ寝さし、戸棚から敷蒲団を一枚出して上にかけた。細い寝息が騒がしい店の物音にも消されずに、スウ/\と聞えた。
「奈良丸を千円で三日買うて来て、千円上つて、損得なしの元々やつたのが、福造の興行物の一番上出来やつたんやないか。
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