寸でも危な氣のある思ひをさせるといふことは相濟まぬ次第である。
茶人の間には、これほど疵が氣にされてゐるが、又疵を許されてゐる器物もある。疵が高臺にかゝつてゐなければよろしい――などいふことを聞くことがある。われら茶人でないものには這の間の消息は分らない。昔の茶人の中には、わざと花入の耳を落しなどして器を生かしたといふ話を聞くけれども、それは器量があつてのことで、われら完器を破壞して生かすすべをしらない。――だが、さういふ思ひ入れの多いことは別として、われらは名器を手に入るゝことが出來ない。金がないからである。一國一城の勳功に値するほどの金がないからだ。まことに口惜しいおもひがする――が、又考へやうに依つては、安らかな氣持で愛し得る名器は必らずしも金を出さないでも手に入るやうな氣もする。利休や遠州や不昧や大茶人宗匠達が評價し格づけてくれない品物でも、われらは名器を得たと同じ歡びで愛し得る器物が無いとも限らない。それには所謂忘れられたる名品を掘出さねばならぬが人の持つてゐる物を掘り出すといふことは一生のうち一度あるものか無いものか一寸怪しい。結局代償を拂ふとすれば先づ疵物に目を向ける方
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