好きね。内のがどう果報なんだろう?」
「果報じゃねえか、第一金はあるしよ……」
「御笑談もんですよ! 金なんか一文もあるものかね。資本《もとで》だって何だって、皆佃の方から廻してもらってやってるんだもの、私たちはいわば佃の出店を預ってるようなものさ」
「そりゃどうだか知らねえが、何しろ新さんはお光さんてえいいお上さんを持って……ねえ、こいつは金で買われねえ果報ださ」
「おや、どうもありがとう。だが、もうそんなことを言ってもらって嬉しがるような年でもないから大丈夫自惚れやしないからたんとお言い」とお光はちっとも動ぜず、洗い髪のハラハラ零《こぼ》れるのを掻き揚げながら、「お上さんと言や、金さん、今日私の来たのはね」
「来たのは?」
「ほかでもないが、こないだの、そら、写真のはどうなの?」と鋭い目をしてじっと男の顔を見つめる。
「うむ、あれか、可愛らしいね」
「可愛らしいからどうなの?」
「どうてえこともねえさ」
「何だね! この人は。お前さん考えとくと言って持って帰ったんじゃないかね?」
「そうさ」
「じゃ、考えたの?」
「別に考えて見もしねえが、くれるなら貰《もら》ってもいい」
「貰ってもいいんだなんて、何だか一向|弾《はず》まない返事だね」
「なに、弾まねえてえわけでもねえんだが……何しろこうして宿屋の二階に燻《くすぶ》ってるような始末で、まるで旅へでも来た心持なんだからね。まあ家でも持って、ちゃんと一所帯構えねえことにゃ女房の話も真剣事になれねえじゃねえか」
「そりゃ、まあね」とお光は意を得たもののように頷いて見せる。
「だが、向うは返事を急いででもいるのかい?」
「向うはなに、別に急いでもいやしないけどね」
「急がなくたって、何もこれ、早くくれてしまわなきゃ腐るてえものでもねえんだからな」
「当り前さ、夏のお萩餅《はぎ》か何ぞじゃあるまいし……ありようを言うとね、娘もまだ年は行ってても全小姐《からねんねえ》なんだから、親ももう少し先へなってからの方が望みなんかも知れないのさ」
「じゃ、とにかくもう少し待ってもらおうじゃねえか。第一お前、肝心の仲人があの通りの始末なんだもの」
「仲人があの通りってどう?」
「新さんの今のとこさ」
「ああ、だけど、それを言ってちゃいつのことだか分らないかも知れないよ」と伏目になって言った。
金之助は深くも気に留めぬ様子で、「こっち
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