だっていつのことだかまだ分らねえんだから……だが、わけのねえことだから、見合いだけちょっとやらかして見ようか?」
「え、見合いを※[#感嘆符二つ、1−8−75]」お光はぎょッとしたように面を振り挙げたが、「さあ……ね、だけど、見合いをすりゃ、すぐ何とか後の話をしなけりゃならないからね。見合いをしっ放しにして、いつまでもまた引っ張っとくというわけにも行かないから……まあ何てことなしに延ばしといたらいいじゃないかね」
「そうかい、それじゃまあ、どうなりとお光さんの考え通りに任せるから、よろしく頼むよ」
 金之助は急須に湯を注《さ》したが、茶はもう出流れているので、手を叩いて女中を呼ぶ。
 間もなく、「何か御用ですの?」と不作法に縁側の外から用を聞いて、女中はジロジロお光の姿を見るのであった。
「御用だから呼んだのよ。この急須を空けっちまっての、新しく茶を入れて来な」
「はい」と女中はようよう膝を折って、遠くから片手を伸ばして茶盆ぐるみ引き寄せながら、
「ついでにお茶椀《ちゃわん》も洗って来ましょうね」
「姐《ねえ》さん、あの、便所《はばかり》はどちらですの?」
「便所ですか? 御案内しましょう」
「はばかりさま」
 女中は茶盆を持ってお光を案内する。
 しばらくすると、奇麗に茶道具を洗い揚げて持って来たが、ニヤニヤと変に笑いながら、「ちょいと、あなたのレコなの?」と女中は小指を出して見せる。
「何が? 馬鹿言え」
「隠したって駄目《だめ》よ。どこの芸者?」
「芸者だ? 馬鹿言え! よその立派な上さんだ」
「とか何とかおっしゃいますね。白粉《おしろい》っけなしの、わざと櫛巻か何かで堅気《かたぎ》らしく見せたって、商売人はどこかこう意気だからたまらないわね。どこの芸者? 隠さずに言っておしまいなさいよ」
「ちょ! 芸者じゃねえってのに、しつこい奴だな」
「まだ隠してるよ! あなたが言わなきゃ俥屋に聞いてやる」
「俥屋が何とか言ってますか?」と背後《うしろ》からお光が入って来た。
「あら!」と女中は真赤になって、「まあ、御免なさいまし。いえね、お尻《いど》を振らずに俥屋は走れないものか、それを聞いて見ようとそう申して……ほほほほ。あなた布団をお敷き遊ばせ」と格《がら》にもない遊ばせ辞《ことば》をてれ隠しに、そのままバタバタと馳《は》せ去ったのである。
「何のことなの? 女中の
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