、幾んど之なきやうなるに、益※[#二の字点、1−2−22]安心したりき。醉夢がうと/\眠れる間に、長男をつれて、野獸園を訪へり。十數頭の鹿を飼ふ。茶亭に就いて、手を叩けば、あちこちより露はれ來たる。菓子を投ずれば、優者獨占して食ふ。弱者恐れて近づかず。近づくも、優者に角を向けられて、のそ/\退却するもあはれ也。
再宿す。昨夜酒を求めしに、品切れなりといふ。二十年來、晩酌せざる日とては無き身に取りては、大いに物足らぬ心地したりき。今宵も品切れ也。友は病む。我も亦一種の病人也。
醉夢の病は、幸にも一夜にして癒えたり。新學士に送られて、清澄山を去れり。安房第一の大刹、もとは天台宗、今は眞言宗なるが、日蓮の學びし處、又其日蓮が朝日に向ひて始めて南無妙法蓮華經を唱へ出したる處とて、日蓮宗の信徒の參詣する者多く、山門の側に祖師堂さへ出來居れり。農科大學の植林も盛んにして、樹木しげり、峯容秀拔、眺望もよく、げに房州第一の靈山、堂前老杉の偉大なること、天下有數也。
五 暴風雨の一夜
天津より勝浦まで馬車に乘る。小湊を過ぐれば、『おせん轉ばし』の險あり。一路、海に臨める懸崖の中腹
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