投ずれば、出たりや出たり、數尺の大鯛、群りあひて溌溂として食を爭ふ。中には幾んど全身を波上に露はせるもあり。長男素早く寫眞にとりたるは好かりしが、後、陸上にて革嚢をおとして、種板を打碎きしは、いづれ波の縁を免れざりしにや。

        四 山上の病氣

天津まで引返して、清澄山に上る。頂上の見ゆる頃は、既に夜也。谷の彼方、半空へかけて、翼を張れるが如き峰黒く、燈火燦爛として亂點す。仙宮に上りたらむ心地したりき。參詣は明日にして、門前の旅店に投ず。明治二十三年、曾て此處に宿せしことあり。當時の宿泊料の受取書の余の手許に殘れるものを見るに、僅々二十錢也。二十五六年後の今日は、幾んどその三倍也。これでも、差がまだ少なし。常時奧州街道筋にては、普通十二錢五厘せしものが、今では六七十錢也。
 翌朝清澄寺に詣で、あちこち見物しける程に、醉夢俄に腹痛を催して、歩行する能はず。宿屋に引返す。醫者は無し、藥はなし。こんにやくを温めて、醉夢の腹を温めけるに、痛みやゝ薄らげる樣子也。高等文官試驗の準備の爲に、同じ宿に寓して勉強し居れる新學士、傳へ聞きて、下劑を呉れ、計らずも便宜を得たり。熱を檢しけるに
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