によわり、『下らむ』と云ひしが、さま/″\に勵まして、漸く寺までつれゆきたり。今日は、歩くがいやなりとて、保田より汽船に乘らむとせしが、二番船出でずといふに、已むを得ず、われらと共に歩きぬ。吉濱、勝山《かちやま》を經て、檢儀谷原といふ處にいたりて、終に袂を分つ。生駒氏は、直ちに沼村にかへらむとする也。われら二人は、迂路して、富山を攀ぢむとする也。
富山、犬掛、瀧田、白濱、神餘、洲ノ崎の名前は、八犬傳によりて、夙に我耳に熟せり。われ想像すらく、富山は、八犬傳にしるしゝが如くならずとも、孤立せずして、峯巒かさなるべし、樹木が繁かるべし、大ならずとも、谷川はあるべしと。現に見てその意外なるに驚きぬ。われ二部村より富山に上りて合戸村に下りぬ。上下、あはせて、一里に過ぎず。孤立せる山也、樹木なき山也。谷川らしきものは、一つもなき山也。頂上、二つにわかれ、一は高く、一は低し。高きを金比羅山といふ。測量の三角點あり。四方の眺望開けたり。安房一國を脚下に見下す。東西南の三方は、遠く海を望む。北に當りて、伊豫ヶ嶽、山骨を露はして、大鵬の將に飛ばむとするが如し。低きを觀音山といふ。觀音堂あり。全山の中た
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