取りて、新月瀬と稱す。餘りに慾張りたる哉。されど、關東の梅と云へば、先づ指をこの村に屈せざるを得ず。立ち去らむとするに臨み、裸男幹事の槇園君に向ひ、『會費を』と云へば、槇園君嗔りて、『花の下に金錢を計算する沒風流あらむや』といふに、裸男閉口して頭を掻く。『今晩、三河屋會食の約あるを忘れたるか』と、天隨君に注意せられて、更に又頭を掻く。
 日向和田へとて、梅林を辭すれば、麥畑となる。麥畑盡きて杉林となるかと思へば、坂路となり、下りて多摩川に出づ。兩崖高くして、樹茂る。吉野村が既に山間の別世界なるに、こゝは別世界中の別世界也。『おうい』と呼べば、『おうい』と答へて、前岸の小屋の中より一老夫現れ出で、川を横斷せる一條の銅線に縁りて、舟をこなたに運び、また銅線に縁りて、一行を渡す。崖を攀ぢて、甲州裏街道に出で、日向和田驛より汽車に乘りて歸路に就きけるが、再び青梅驛に下りて、金剛寺に立寄る。平將門が植ゑたりと稱する一株の梅、堂前にあり。その實、秋に入りても青く、黄熟せざるより青梅の名を帶び、終に移りて町の名となれりと聞く。東京第一流の祠なる神田神社は、明治の世に至るまで、將門を祀りたりき。此處に
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