ゆきけるに、猫果してかゝる。箱のまゝ、うらの川へもちゆかむとせしに、猫は、箱をやぶりて、とび出せり。箱をつくろひて、待ちけるに、猫また來りてかゝる。今度は、前のしくじりに懲りて、箱の中に殺して、然る後に、之を棄てにゆかむとて、無謀にも、猫に石油をかけて、燒き殺さむとす。猫は、箱の中にて、七轉八倒す。この時、姉は裏口の農家より小兒負うて歸り來り、表の口よりも客來たる。甥あわてゝ、猫に水をかけて、火を消す。されど、おそし。猫をころさんとせしこと、あらはれて、甥は母、姉の前に、いたく叱られたり。その來りし客は、家人が加持祈祷など頼む老婆也。余は、宗教を信ずるなら、もつと氣の利いたものを信ぜよと思へど、鰯の頭も信心、安心が得らるゝなら、必ずしも追窮するを要せずと、大目に見て、知つて知らぬふりせしが、この老婆、甥が猫を殺せるさまを、ちらと見て、家人に向つて曰く、今晩、神の御告あり。御家にて亂暴なる事をするものあり、早く往いてすくへと也。よりて、直ぐに來りしに、果して、猫を殺さむとせられたり。かゝる事爲して、神を信ぜらるゝとも、神はいかでかうけ給はむや、情なき御方なりとて、大に怒る。家人、その神の
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