したることは知られつ。
 淋漓たる汗を靈泉にあらひ去りて、われ獨り樓上に坐す。樓は山腹に倚りて、勢、飛ばむと欲す。眼下には、神流川溶々として流れ、川のかなたは數町の田をあまして、御嶽の連山逶※[#「二点しんにょう+施のつくり」、第3水準1−92−52]として横はる。連山のつくる處は、曠原遠く開け、そのはてには、赤城、日光の山々、白雲の中に隱見す。奇なりとにはあらねど、眼さむる眸めなり。やがてわが居る山の影、夕日に長く川のかなたまで及ぶばかりとなりぬ。大鵬の如き黒雲、御嶽の一角を壓して現はれしが、忽ち一天に瀰漫して、こなたに向つて走るよと見るほどに、白雨はやくも珠を躍らし、風に隨ひ、亂れてわれを撲つ。見渡すかぎり、恰も一幅の墨繪の如く、三伏のあつさもこの一雨に洗はれて、萬斛の凉味、乾坤に溢る。われはたゞ一種異樣の感にうたれ、われ我を忘れて枯坐しけるに、雨脚はやう/\我に遠ざかりて、軒より直下する點滴、水晶簾を下して、雨の名殘をとゞめ、空は早くも瑠璃をみがきて、一痕の凉月、御嶽の上にさやかなり。
 朝四時、眼さめて眠られぬまゝに、殘月を履みて程に上り、八時頃新町に來り、停車場前の旗亭に入り
前へ 次へ
全4ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
大町 桂月 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング