藍色にて下戸不[#レ]知[#レ]藥の五字が書かれたり。これを呉れよといふに、余はよし/\とうなづく。來城飮みほして、下におかむとすれば、道別忽ち、裏にも何か書いてあるといふ。ひつくりかへせば、果して上戸不[#レ]知[#レ]毒の五字あり。二句相呼應して、まことに面白き文句なりと一同覺えず破顏す。この杯、一種の興を添へて、また飮みしが、所謂毒を知らざるほどには飮まず。道別先づ眠る。余も眠る。來城も眠る。われ眼をさませば、二人既に起きて、火鉢を擁して、面白さうに談話す。どれや、今一酌と例の杯をとり出して飮む。細君、あれは、どうなさると心配さうな顏するを、來城きゝつけて、何事ぞと問ふ。昨日中に起草すべき約あり、されど、久し振にて、君が來れるに、それと斷りかねて、執筆をのばしたるなりと實を吐けば、來城怒つて、聲をあらゝげ、そは決して延ばすべきことに非す。われには唯※[#二の字点、1−2−22]酒をあてがはば、細君や子供を相手に、面白く飮むべきに、我れを遇することをつとめて、本職の執筆の約を破るとは何事ぞやといふ。君の言大いに好し、われ過てり、われは情もろく、氣弱く、人を見れば、たゞ氣の毒が先に立
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