むや行々子
 女中來りて、『お誂へは』と問ふ。會計主任は居らず。呼び寄するも、手間取る次第なりとて、裸男專斷にて、鯉こく、鯉のあらひ、蒲燒、椀盛の四品を誂へたり。酒を早くと言ひおきしが、二人水より上り來りし頃には、酒至る。料理もおひ/\出づ。一本、二本、三本、四本に至りて、一同微醉す。『今一本如何、大藏大臣之を許すや否や』と云へば、十口坊首打傾く。『危し危し勘定して見よ』と、夜光命の言ふまゝに、勘定書取寄せたるが、げに危かりき。支拂つて仕舞へば、嚢中たゞ電車賃と國府臺までの舟賃とを餘すのみ。やれ/\、夜光命をして先見の明を贏ち得しめたり。

        三 小岩不動の星下松

※[#「酉+它」、第4水準2−90−34]顏を川風に吹かせつゝ、長江の中流を下りて、栗市の渡場に上陸す。國府臺に上れば、掛茶屋の女、左右より呼び迎ふれども、嚢中餘裕なければ、唯※[#二の字点、1−2−22]佇立して、葛飾の平田を見渡し、三里の外、凌雲閣や、數百の煙突に代表せられたる東京を望む。臺に接して流るゝ小利根川の上下二三十町の間は、川身を見る。白帆になほ其の見えざる處をも見る。石棺の露出せる處に、里見廣
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