赤毛布しける腰掛臺、まばゆきばかりに立ちならび、客を呼ぶ少婦の聲さへなまめきたり。思ひしに違はで、花のさかりは過ぎたれど、そよと吹く風にも、もろく散るさま、なか/\にあはれなり。秩父根おろしの春風、名殘を雜木林にとゞめて、櫻には強く吹かざれど、その雜木林の缺くる處は、風の勢つよく、花片一齊に散亂し、空に知られぬ香雪、紛々として面を撲ち、水に落ちて、水は忽ち錦繍となる。げに花のさかり過ぎならでは、見るを得ざる光景とぞ喜びし。左岸の樹疎らなる處、秩父の連山孱顏をあらはし、右岸には、箱根足柄の山々手に取る如く見えて、その上の、八朶の芙蓉峯、倒まに白扇を懸け、花にひときはの趣を添へぬ。
 小金井の中心と思しき小金井橋畔、杖をとゞめて、青※[#「穴かんむり/巾」、第3水準1−84−10]の飜れる柏屋に投ず。二層樓、櫻花に埋もれて、前も左右も皆花なり。欄によりて酒をくみつゝ顧盻す。四面の花何ぞ美なるや。風ふけば、ひら/\と散る花片、時に杯中に落ち來たるも、心ありげなり。屋後の木立に和鳴する幽禽の聲、耳だつばかりにて、樓下を過ぎ行く遊人は多からず。隨つて雜沓せず。物乞ふ三味線の聲、寂寥を破るも、亦惡
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